英語話者による受身の使用

 

日本語の受身表現と英語の受身表現は,その主な機能が微妙にちがいます。 日本語には,英語の受身とは異なった日本語特有の「迷惑の受身」というのがあります。 この表現は必ずしも迷惑を受けるときに使うというわけではないのですが,一般に主語であらわさられる人物が何かの影響を受けるときに使われます。 

 

「私は子供になかれた」などの表現は「私」が「子供」の泣くという行為によって影響を受けたことをあらわし,「私」自身は動詞の「泣く」の対象ではありません。 『私』が「子供の泣く」という行為に影響を受けたのをあらわします。

 

一方英語ではこの「迷惑の受身」という用法が be動詞+edという受身表現の機能の中にはありません。 そのため,"I was cried by a child." という表現はできません。 

 

もう一つ日本語と英語における受身表現によるちがいは,英語における受身は主題としての働きをより強くあらわすといことです。 このちがいは,両言語の構造的違いからきています。

 

日本語は主題を表す方法が発達しています。 その結果「は」という助詞の活用によって主題を文頭に必ずしも持ってこなくても表現できます。 

 

一方,英語は日本語ほど自由に主題を表現できません。 したがって,It is John that she likes などのように強調構文を使うか,This song, I like などのように文頭に主題にしたいものを持ってくる以外にその方法がありません。

 

 しかしこの文頭に主題を持ってくる方法は英語の構造と相反するものです。 現在の英語は主格,目的格など代名詞を除くと格変化が起こらないため,動詞と名詞の格関係を表すのに語順に頼ります。 兄弟言語のドイツ語は動詞に対する主格,目的格などにより格変化をしますが,英語は "The house is big" の "house" も "I love this house" の "house" も同じ形であらわされ,格変化しません。 かろうじて,格変化するのは,代名詞のときだけです(I, my, me などなど)。 したがて,英語では主格を表すものを必ず文頭に持ってくることによってこの格関係を表しています。 

 

文頭に主題を持ってくる表現方法はそんな英語の構造に反します。 ところが,ちょうど英語の受身表現はこの問題をうまく解決してくれるのです。 受身にすることによって文頭に無理なく, 言いたいことを持ってくることができるのです。

 

したがって英語の受身表現は主題を表す働きを日本語よりも強くあらわします。 これは少し日本語の受身表現の役割とは異なります。 

 

それでは,そんな英語を話す人が日本語の受身表現を使おうとするとどうなるのでしょう。 

 

 Watanabe et. al. (1991) によると,英語を母語としている日本語学習者の受身表現には,英語の受身表現の転移からと思われる表現が使われます。 学習者は主に受身表現を主題を表す方法として使うようです。 また,日本語話者による「迷惑の受身」の使用が使われることはあまり無く,日本語話者にとってこの「迷惑の受身」を使うべきところでも、能動文で表現してしまう傾向があるようです。 

 

英語話者による受身表現の使用法はよく観察すると,母語である英語における受身表現の機能と近いも感覚で使っているのです。

 

Watanabe, Masakazu, Brown, cheryl, and Ueta, Yumiko, 1991, Transfer of discourse function: passive in the writings of ESL and JSL learners, IRAL, 29, 2,115-134

Guest Book 日本語入門 Link Profile HOME